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2018/04/29

プラトンの「三つの比喩」(完全版)

 さて、今回のプラトンの「三つの比喩」(完全版)というのは、今まで考察した「三つの比喩」(それは「太陽の比喩」と「線分の比喩」それに「洞窟の比喩」)とを一つに統合したものであり、このプラトンの「三つの比喩」が真に解明され得ない限りは、プラトンの「善のイデア」の何たるかを真に知ることはでき得ないということである。
 ところで、プラトンの「教育プログラム」では、まず、「……算数、平面幾何学、立体幾何学、天文学(天体力学)、音楽理論、その他」などを本格的に学ぶことによって、その「魂の眼」を上の方へと十分に上昇させてから、最後には本格的な「哲学的問答法」によってこそ、いわゆる「善のイデア」を観て取ることができ得るというものであり、それは、今日で言えば、幼稚園、小学校、中・高時代、大学、その他の、それぞれの「学校教育」を中心とした様々な教育を受ける過程において、手足や首の「縛(いまし)め」なども次第に解かれて、そして、「大学・社会人時代」になれば、人間や様々な物事の「本質、真実、真理、源泉、その他」などをどこまでも深く厳密に探究するような、そういう本格的な「思考(思索)活動」を何年も積み重ねていくうちに、やがてその手足や首の「縛(いまし)め」なども、完全に解かれることになる。それをプラトン風に言えば、遙か彼方にある「叡知界」(つまり「イデア界」)の方へと想いを寄せて、最究極的には「美のイデア」や「善のイデア」などを観て取る地点にまで到達しようとする、そのようなもの凄い「知識欲」(つまり「真善美欲」)に襲われることになるが、それこそは、まさにプラトンの「神的な恋(エロス)」であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
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2018/04/25

ソクラテスとプラトンの世界

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回の『ソクラテスとプラトンの世界』というのは、『ソクラテスの弁明、第七書簡、歴史上のソクラテス』と『プラトンの世界』とをいわば一つに「統合した」ものであり、まず、『ソクラテスの弁明』では、まだ若い二十八歳のプラトンは、そのソクラテスの「裁判」に臨んで、一体、どのような心境であり、また、その「判決」やソクラテスの「刑死」後、一体、どのような心境になったのか? また、『第七書簡』では、まず、プラトンの「若い時の心境」(その「考えや想い」)とは、一体、どのようなものであり、また、プラトンにとって、師ソクラテスの「三つの難題」とは、一体、どういうものであったのか? さらに、プラトンは、なぜ、ソクラテスを主人公(或いは登場させた)作品で後年まで押し通したのか? それらの考察であり、そして、最後の『歴史上のソクラテス』では、実際のソクラテスという人は、一体、どのような人物であったのか? それを『饗宴』の中の「ソクラテス賛美」の本文から読み解いたものである。
 一方、『無知の自覚と自然の問題』では、まず、若いソクラテスは、なぜ、「自然」の問題から「人間の探究」へと向かったのか? その「経緯」(推移)と、また、ソクラテスの「無知の自覚」とは、一体、どのようなものであり、また、ソクラテスが愛求した「知識」とは、一体、どのようなものになるのか? それらの考察であり、また、「イデア論」への「六段階」では、まず、プラトンは、なぜ、「イデア論」というものを必要とし、それを華々しく展開しなければならなかったか? その「推移」を「六段階」に分けて丁寧に考察したものであり、そして、最後の「無知の自覚」と「イデア論」との関係では、ソクラテスが愛求した「真知」とプラトンの「イデア界」の「イデア」とは、やがて「一体化」し、一つに深く重なり合うようになるという考察であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2018/04/21

四つの難題の解明の旅

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回は、ソクラテスに関する「四つの難題」の解明の旅として、一つは、ソクラテスと「デルポイの神託」、一つは、ソクラテスの「没我的思考」、一つは、ソクラテスの「ダイモンからの合図」、そして、もう一つは、ソクラテスの「産婆術」についての、それぞれの「徹底した考察」を一つに結集したものであり、この「四つの難題」が真に解明されない限り、歴史上のソクラテスを真に理解することはでき得ないものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2018/04/14

刺青 高野聖 変身

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回は、谷崎潤一郎の有名な『刺青』という作品であるが、清(せい)吉という若い刺青師(ほりものし)は、なぜ、長年探し求めた美女の柔肌に「女郎蜘蛛」を描こうとしたのだろうか? その最大の「謎解き」とともに、その後の「展開」の考察であり、また、泉鏡花の『高野聖』という作品では、旅の途中、汽車の中で、一人の旅僧に出会うが、その旅僧の若い時の奇っ怪な経験話であり、その「内容」(あらすじ)とともに、人間の「二大本能」の一つ「性欲」についての考察であり、そして、最後の「変身」では、カフカの「作品」からは少し離れて、なぜ、われわれ人間というのは、表面的な「姿・形」が変わるだけで、われわれ人間の「見る目」も大きく変わってしまうのだろうか? また、カフカの『変身』と今日的な「閉じこもり現象」との関係についての考察であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2018/04/12

和歌と俳句の世界

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回の『和歌と俳句の世界』という作品は、まさに「二つのもの」(それは「古池や」と「柿食へば」)をいわば「一つに統合」したものであるが、それは、この「二つのもの」は、まさに有名な「和歌や俳句」(名歌や名句)の、その「一字一句」の具体的で詳細な「考察」になっているとともに、いわゆる「和歌や俳句の世界」(それら「和歌や俳句」とは一体どのようなものであるか?」の根本的な「考察」でもあり、例えば、一般に、「和歌」というのは、目の前の「情景」と、自分の現在の「心の状態」(或いは「心象風景」)などを、いわば「花鳥風月」などに託して、表現するということであり、また、「俳句」というのは、一体、何かと問えば、それは、「小説」で言えば、まさに「私(わたくし)小説」であり、その人自身が実際に「見聞き経験したこと」などを基にして、その時の「実感」の「情景」を、いわゆる「五・七・五」で表現するというものであり、そのように、和歌や俳句というものが、一体、どこからどのようにして生じて来るかの具体的な「考察」でもあり、それゆえ、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2018/04/03

江戸川乱歩の世界 完全版

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありました、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回の『江戸川乱歩の世界』(完全版)は、乱歩の代表的な作品である『人間椅子』を初めとして、『盲獣』や有名な『D坂の殺人事件』(+「心理試験」)それに『屋根裏の散歩者』や『陰獣』その他などを一冊にまとめたものであり、われわれ日本人の多くの場合、映画やテレビドラマなどではそれらの有名な作品を映像で観るような機会は何度かあったかと思うが、それでは、その「原作」を「文章」で一字一句丁寧に読むようなことは、意外に少ないのではないでしょうか? そこで、今回は、できるだけ「原文」の文章に寄り添いながら、それらの「作品」の「魅力や内容」などを丁寧に考察したものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。