2016/12/29

鍵とサロメ(完全版)

 さて、今回の『鍵とサロメ』という作品は、谷崎潤一郎の『鍵』とオスカー・ワイルドの『サロメ』とを一つに統合したものであるが、まず、谷崎潤一郎の『鍵』という作品は、夫の「日記」と妻の「日記」のそれだけから構成されている作品であるとともに、夫の「日記」というのは、「漢字+カタカナ」の表記であり、一方、妻の「日記」というのは、「漢字+ひらがな」の表記になっています。――そして、夫の日記の「本文」というのは、まさに「漢字+カタカナ」の表記であり、それは、それを読む読者にとっては実に「読みづらい」文体であり、それゆえ、今回は、「本文」をすべて「漢字+ひながな」の表記に置き換えて書き記しているものであり、分量も非常に増えて、今回は「五部作」として発表したものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
 一方、オスカー・ワイルドの有名な『サロメ』という作品は、『新約聖書』の中にある「ヘロデとヨハネ」の「記述内容」を参考にして、オスカー・ワイルドという劇作家が、彼独自の戯曲『サロメ』へと、その「内容」を大きく創り換えたものであるが、この二つの『鍵とサロメ』という作品は、どちらも非常に有名な作品であり、それゆえ、映画や舞台その他などで見聞きすることも非常に多いかと思うが、しかし、文章で「一字一句」を丁寧に読み辿るというようなことは意外と少ないのではないかと思う。そこで、今回は、できるだけ「本文」に寄り添いながら、その「内容」を丁寧に読み辿ったものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
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2016/12/20

近況報告

 さて、今回は、「シェイクスピアの世界」(ハムレットⅢ)という作品に取りかかっています。それは、今までの「ハムレットⅠ」と「ハムレットⅡ」のいわば続編ではあるが、今までは、『ハムレット』全体の中のある部分を抜き出し考察した「内容説明」であり、それゆえ、いわゆる「ハムレット」全体の「内容」が一体どのようになっているのは、あまり記述されていない不十分なものであり、それ故、今回は、いわゆる「ハムレット」の全体像(その最初から最後までの「本文」)を丁寧に読み辿(たど)りながら、その「本文」の内容を順に読み解いてみたいと思う次第であり、それゆえ、その分量も非常に多くなり、予定は「五部作」とし、その「第一部」から配信していきたいと思っているとともに、「第一部」は、来年の一月一日までには何とか配信できるようにしたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いいたします。
2016/12/09

谷崎潤一郎の世界 鍵(完全版)

 さて、今回の谷崎潤一郎の有名な『鍵』の「完全版」というのは、「谷崎潤一郎の世界」の「鍵」の「第一部」から「最終部」までを統合したものではあるが、そもそも今回の「作品」の目的とその特徴はと言えば、それは、原作では、夫の「日記」は、いわゆる「漢字+カタカナ」の表記になっていて、それは非常に読みづらいものであり、それゆえ、原作を最初から最後まで正確に厳密に読めている人も少ないのではないかと思う。そこで、今回は、それらすべてを「漢字+ひらがな」に書き換えて表記してありますので、非常に読みやすいとともに、内容は、それぞれ「本文」+「**」+「解説」という構成になっていて、「本文」だけを読み通すことも出来れば、「本文」+「解説」でその理解を深めることも出来るものであり、特に谷崎潤一郎の『鍵』に興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2016/12/07

谷崎潤一郎の世界 鍵(後半部)

 さて、今回は、谷崎潤一郎の有名な『鍵』の「後半部」になるが、それは、「第三部」と「第四部」それに「最終部」とを統合したものであり、その内容は、次のようなものである。――まず、「第三部」(木村との性交渉後)であるが、それは、夫(大学教授)は、大学病院の「眼科」と「内科」とで診察を受けるが、その結果、「血圧」が異常に高いということで、「血圧降下剤」をはじめ、コイトス(性交)を慎み、アルコールも止めないといけないと言われるが、夫は、その忠告を無視し、相変わらず「酒」と「淫慾」に溺れている。――一方、妻(郁子いくこ)と木村の二人は、大阪のある「場所」で密かに逢引きを重ねているとともに、夫の病状は目に見えて悪化していく。……
 次に、「第四部」(夫が倒れる)であるが、それは、倒れた「夫」(大学教授)を看病する「妻」(郁子)を中心とした内容であり、夜中は、妻(郁子)が一人で看病し、朝は、七時頃、婆(ばあ)やが来て、食事の支度、八時頃、看護婦の小池さんが起き、八時半頃、病人の朝食になる。――正午、病人の昼食。午後一時、町医者の児玉さんの来診。その後、妻は、二階で「仮眠」を二三時間取り、この時に日記を書く。五時頃、妻(郁子)は、二階から降りて、五時半頃、病人の夕食になる。夜は、八時頃、敏子が帰り、九時頃、婆(ばあ)やも去る。十時、小池さんは二階へ行き、十一時、庭に(木村の)足音が聞える。裏口から女中部屋へ通す。十二時、彼去る。という基本的な「生活パターン」を繰り返す。――最後は、「最終部」であるが、それは、この正月以来の日記、夫の「日記」と妻の「日記」とを仔細に読み比べてみれば、二人がどんな風にして愛し合い、溺れ合い、欺き合い、陥れ合い、そうして遂に一方が一方に滅ぼされるに至ったかのいきさつを、今こそその一つ一つを事細かに「検証」していくという内容であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2016/12/03

谷崎潤一郎の世界 鍵(最終部)

 さて、今回は、谷崎潤一郎の有名な『鍵』の「最終部」になるが、その内容は、次のようなものである。まず、夫(大学教授)は、五月二日の午前三時頃に亡くなっている。その前日の、五月一日の「日曜日」、この日は娘(敏子)が午後二時過ぎにやってきて、「今日は関田町(せきでんちよう)で風呂が沸いているのよ」と、妻(郁子いくこ)を外へと誘い出し、その留守の間に、娘(敏子)は、父親に頼まれていた妻の「日記帳」を捜しはじめ、そして、二階にあった十七日以後の妻の「日記帳」を見つけ出しては、夫(大学教授)はそれを読んで(或いは「読み聞かされ」)て、まさに致命的な「大きな衝撃」を受けて、その日の翌日(二日)の深夜「午前三時頃」には夫(大学教授)は、すでに亡くなっているのである。
 そこで、この正月以来の日記、夫の「日記」と妻の「日記」とを仔細(しさい)に読み比べてみるならば、二人の闘争の跡は歴々と分るのであるが、それは、彼と私とが代る代る語るところを対比して見、その間に漏れているところを補って行けば、二人がどんな風にして愛し合い、溺(おぼ)れ合い、欺(あざむ)き合い、陥れ合い、そうして遂に一方が一方に滅ぼされるに至ったかのいきさつが、ほぼ明らかになるはずであり、夫と私とがこういう風な発展の後(あと)にこういう風な永別(えいべつ)を遂げるに至った事の次第を、今こそあけすけに跡(あと)づけてみたいのである。なお私としては、故人の生前には書き記すことを憚(はばか)っていた事柄がかなりあるので、最後にそれの幾分を書き加えて、過去の日記帳に締めくくりをつけたいという内容であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。