2018/06/20

谷崎潤一郎の世界 鍵(前半部)

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回の谷崎潤一郎の有名な『鍵』の「前半部」というのは、「谷崎潤一郎の世界」の「鍵」の「第一部」と「第二部」とを統合したものではあるが、その内容は、次のようなものである。――まず、「第一部」(四人の思惑)であるが、この作品の主要な「登場人物」は、「四人」であり、一人は、主人公の夫(大学教授)であり、一人は、その妻(郁子いくこ)であり、また、一人は、娘(敏子)であり、そして、もう一人は、娘の結婚相手とみなされる「木村」という人物になるわけである。そして、よく「三人」(母親と娘と木村)とで「映画」を一緒に観に出かけたり、また、夕食の時に、娘(敏子)を除いた「三人」(夫と妻と木村)とで酒(ブランデー)を飲むようになるが、ある日、妻(郁子)は、酒(ブランデー)に酔い過ぎて、風呂場で倒れるという「事件」を起こすことになるが、その後も同じような「パターン」を幾度も繰り返すという内容である。
 次に、「第二部」(敏子の別居)であるが、まず、敏子の別居以来、木村は遊びに来る表向きの口実がなくなった訳だが、相変らず二三日置きに来る。そして、夫(大学教授)は、ポラロイドやカメラ(ツワイス・イコン)などを使って妻(郁子)の「全裸写真」を夜な夜な撮ったりしているが、一方、別居した敏子と母親(郁子)それに木村とは、今までのように夫の「家」ではなく、むしろ別居した娘(敏子)の部屋で、最初は「三人」で、やがて「ブランデー」を飲み始めると、娘(敏子)は、いつしかその場からは消えて、妻(郁子)と木村の「二人」だけで「ブランデー」を飲み交わすようになり、そして、酒に酔って倒れるということを「三度」繰り返すが、その三度目に、妻(郁子)と木村とは終に「最後の一線を越えてしまう」という展開になる内容であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
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2018/06/13

史上初の「米朝首脳会談」について

 さて、史上初の「米朝首脳会談」であったが、その結果は、余りに「実りのない」ものであり、これでは、金(キム)委員長を喜ばせただけであり、トランプ氏の評価も上がるどころか下げてしまった。また、「核・ミサイル・拉致・その他」の問題なども、これでは、何一つ「解決」には至らないだろう……。
 まず、そもそもの「間違い」は、今年、一月、北朝鮮からの「冬季オリンピック参加」希望を、韓国の文(ムン)大統領が、何の深い「思慮分別」もなく、余りにも無条件かつ大喜びで受け入れてしまったことであり、あの時、何らかの条件を付けて受け入れなかったならば、北朝鮮は、それこそ、まさに「奈落の底に突き落とされるような絶望的な危機感を感じた」に違いない。それは、北朝鮮側にはもう打つべき手(きっかけをつくる手)は五輪参加以外何もなかったからである……。
 というのも、当時、北朝鮮は、すでに各国からの最大限の「経済制裁」を受け続けていて、もうぎりぎりまで追い込まれていたのであり、それゆえ、あと半年、或いは、一年、最大限の「経済制裁」をかけ続けていたら、恐らく、経済的にはもう「どうにもならないところまで」追い込むことができ得たのである。それを待ってからの北朝鮮との「会談」でも遅くはなかったのである。そうであれば、韓国・日本・米国にとってももっともっと優位な立場から、もっともっと北朝鮮側に決定的な「決断」を迫ることもでき得たのである。
 ところが、アメリカの大統領トランプ氏も余りに急ぎ過ぎてしまった。それは、間近に迫った「中間選挙」をはじめ、トランプ氏に対する様々な「批判や非難」その他などを一気に逆転させるためにも、この史上初の「米朝首脳会談」こそは、まさにその「絶好のチャンス」と思い込んでしまい、(しかも、運がよければ、ノーベル平和賞も夢ではないと自らも他人からも踊らされて)、その余りにも「目の前」の「成果」(結果)ばかりに「目が眩(くら)んでしまった」のである。その結果、当然の結末として、アメリカ大統領トランプ氏の「惨敗」で終わり、一方、北朝鮮の金(キム)委員長はと言えば、自国(北朝鮮)に帰って、しばらくは「高笑いが止まらない」に違いない。それは、まさに死にかけていた「北朝鮮」(独裁国家)を余りにも未熟な判断の韓国と余りにも性急なアメリカの「判断ミス」から、まさに急転直下生き生きと「生き還らせてしまった」のである。それは、一つは、現体制(独裁国家)の「安全保障」を公に認めてしまったこと。そして、もう一つの問題、それは、まさに「北朝鮮と韓国との平和ムード」の演出(パフォーマンス)のなかで、中国をはじめ、韓国、その他各国の「経済制裁」なども次第に緩(ゆる)まっていくだろうと、北朝鮮の金(キム)委員長は、最初から「読み切っていた」のである。そして、北朝鮮がやがて経済的に豊かになった時、どのような巨大な「独裁国家」(軍事国家)となるかも知れないのであり、それこそ、日本にとっても世界にとってもほんとうの「脅威」となるものである。
2018/06/08

オスカー・ワイルドの世界 サロメ

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回のオスカー・ワイルドの『サロメ』という作品は、非常に有名な作品であり、それゆえ、映画や舞台その他などで見聞きするようなことも多いかと思うが、しかし、文章で「一字一句」を丁寧に読み辿るというようなことは意外と少ないのではないかと思う。そこで、今回は、できるだけ「本文」に寄り添いながら、その「内容」を丁寧に読み辿ったものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
 例えば、『新約聖書』の中にある「ヘロデとヨハネ」の「記述内容」によると、王ヘロデという人は、異母兄弟の兄の「妻」(ヘロデヤ)をめとったが、そのことで、ヨハネがヘロデに、「……兄弟の妻をめとるのは、よろしくない」と言ったので、ヨハネを捕えて牢につないだことがあった。……そのため、王妃ヘロデヤも、ヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、出来ないでいた。それは、王ヘロデがヨハネを正しい聖なる人であると知って、彼を恐れ、また、保護を加えていたからである。
 さて、王ヘロデの誕生祝いがあった時、王妃ヘロデヤの娘(サロメ)が満座の中で舞を舞い、王ヘロデを喜ばせた。そのため王ヘロデは、娘に「……願うものは何でもやろう」と誓った。娘は、母の入れ知恵で、「……洗礼者ヨハネの首を盆にのせて、今ここに頂きとうございます」と言った。王は非常に困ったが、それを与えるように命じ、人をやって牢でヨハネの首をはねさせた」という内容である。この『新約聖書』の中にある「ヘロデとヨハネ」の「記述内容」などを参考にして、オスカー・ワイルドという劇作家は、彼独自の戯曲『サロメ』へと、その「内容」を大きく創り換えたものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2018/06/02

最近のツイッター

2018年6月2日(土)
 紀州の「ドン・ファン」という人は、たとえ自分の「お金や財産」等が狙われることはいくらでもあり得るとしても、しかし、まさかまさか「自分の生命(いのち)」までが直接狙われるなどとは、夢にも想像できなかったに違いない。ここにこの人の「不幸」(いわば甘さ)があったのである。

2018年5月31日(木)
 スポーツ界において、絶対にやってはいけないことに、一つは、薬物使用(ドーピング)問題があり、そして、もう一つは、勝利(勝つ)ためには、いかなる手段も辞さないという考え方であり、野球であれば、相手の主力バッターの「頭」に故意に死球を投げるようなことは余りに危険過ぎるからである。

2018年5月26日(土)
 トランプ氏の「米朝首脳会談」の中止に対して、北朝鮮の「異例の低姿勢」とあるが、それは、北朝鮮は今や各国の「経済制裁」によって経済的にはまさに「崖っぷち」に追い込まれて、それゆえ、何が何でも今の「経済制裁」を解いてもらわなければ、遅かれ早かれ、破綻するのが目に見えているからである。
2018/05/26

交流欲(完全版ⅠⅡⅢ)

 この作品を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回の「交流欲」(完全版ⅠⅡⅢ)というのは、「交流欲Ⅰ」と「交流欲Ⅱ」それに「交流欲Ⅲ」の、この「三つの作品」を一つに統合したものであり、その「内容」は、次のようなものである。
 まず、「交流欲Ⅰ」というのは、「人間と人間界との交流」(それは「人間と人間との交流、人間と社会との交流、人間と人工物との交流」)に分類できるが、「人間と人間」との交流では、そもそも「心」というのは、一体、何を求めているのかという考察であり、次の「人間と社会」との交流では、政治、経済、スポーツ、その他、様々な社会現象との交流であり、そして、「人間と人工物」との交流では、そもそも「人工物」とは、一体、何かの考察になっています。
 次に、「交流欲Ⅱ」というのは、「人間と動植物界との交流」(それは「人間と動物との交流、人間と植物との交流、人間と古生物との交流」)に分類できるが、「人間と動物」との交流では、特に「愛玩動物」(ペット)その他について、次の「植物」との交流では、一般に「植物」にとっての「花とは何か?」について、そして、「人間と古生物」との交流では、いわゆる「地質時代」(それは「先カンブリア代、古生代、中生代、そして、新生代」)についての考察になっています。
 そして、「交流欲Ⅲ」というのは、「人間と自然界との交流」(それは「人間と自然との交流、人間と自然物との交流、人間と宇宙との交流」)に分類できるが、「人間と自然」との交流では、地球全体の構造をはじめ、例えば、海や山、河川や湖沼(こしょう)、その他について、「人間と自然物」との交流では、土、水、空気、岩、石、砂、その他との交流、そして、「人間と宇宙」との交流では、宇宙の誕生や素粒子の世界、その他の考察になっていますので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。