2017/10/17

言葉と読書・映像化時代

 この「作品」を配信しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回の『言葉と読書・映像化時代』という作品は、「言葉と読書」という作品と「映像化時代」という作品とを、まさに「一つに統合した」ものであり、その内容は、まず、「言葉1」では、いかに言葉が大事かを考察し、それは、「言葉」というのは、より正確に、より厳密に使うことによってこそ、初めて、物事をより正確に、より厳密に「判断し、評価し、認識する」ことができ得るようになるということであり、――また、「言葉2」では、「おしゃべり」と「話をする」それに「文章を書く」ことについての基本的な「考察」であり、また、「読書1」では、そもそも「読書」とは、一体、何のために行なうものなのか? そして、「読書2」では、まさに「一読→精読→味読(熟読)→愛読」へと向かう本格的な「読書論」になっていますので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
 一方、「映像化時代」というのは、一体、どのような時代かと問えば、それは、今までのような「活字」を中心とした伝達方法ではなく、例えば、映画、テレビ、DVD、パソコン、ケータイ、スマホ、タブレット、動画、(写真)、その他、そのような様々な「映像」(写真)などを使っての伝達方法がより多くなる時代のことであり、また、テレビが持つ最大の「長所」とは、一体、何かと問えば、それは、まさに「生中継」が出来るということであり、それは、「今、現在」を、まさに鮮(あざ)やかに映し出しているものであるが、それに、テレビの推移をはじめ、映像の流れとは、一体、どのようなものなのか? また、潜在意識とコマーシャルとの関係、そして、子供への影響、その他の考察であり、それらに加えて、「人間の眼」と「カメラの眼」との根本的な違いについての「一般的な考察」であり、そして、最後は、「従来のメディア」(マスメディア)と今日の「インターネット」との圧倒的な「違い」についての基本的な考察であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください 。
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2017/10/04

三つの充実と人間の三大欲(スランプ付)

 この「作品」を配信しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回の『三つの充実と人間の三大欲』(スランプ付)という作品は、「三つの充実と人間の三大欲」に「スランプ、その他」を付け加えて、一つに統合したものである。――まず、「三つの充実」では、今日、われわれ人間にとって、一体、どのように生きることが、最も「幸せ」な生き方であるかの問いに対して、ここでは、いわゆる「仕事、生活、遊び」という、この「三つの充実」を心がけるということであり、また、「欲と情」では、一体、「欲」の何が問題であり、また、「情」の何が問題となるのかの考察であり、そして、「人間の三大欲」とは、一般に「食欲」と「性欲」それに「睡眠欲」であるが、それに新たな「考え方」を付け加えたものであり、さらに、カフカの「変身」では、その人の見た目が変わるだけで、なぜ、他人の見る目も大きく変わってしまうのかという問題であり、その他、そのようなことの「考察」になっています。――一方、「スランプ」では、様々な「欲望や感情」などに振りまわされている「ふだんの自我」を超える超「自我」の状態になって、例えば、何か本格的な「思考(思索)活動」や何らかの「創作活動」などに深く溶け入っているような時にこそ、いわゆる「精神の飛翔」というようなものは生じてきて、何か真に優れた人類的な「発明、発見、創造、その他」などが生み出されるということであり、また、「プラトニック・ラブ」とは、本来、遙か彼方にある「叡知界」(つまり「イデア界」)の方へと想いを寄せて、最究極的には「美のイデア」や「善のイデア」などを観て取る地点にまで到達しようとする、まさに「神的な恋(エロス)」のことであり、また、「笑い」では、なぜ「物まね」は観ていて楽しく、また、「健全な笑い」とは、一体、どういうものになるのか、そして、「友情」とは、「自信」とは何か、さらに、「漫画の魅力」とは、一体、何かの問題であり、その他、そのような「考察」であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2017/09/29

刺青 高野聖 変身 サロメ付

 この「作品」を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回は、谷崎潤一郎の有名な『刺青』という作品であるが、清(せい)吉という若い刺青師(ほりものし)は、なぜ、長年探し求めた美女の柔肌に「女郎蜘蛛」を描こうとしたのだろうか? その最大の「謎解き」とともに、その後の「展開」の考察であり、また、泉鏡花の『高野聖』という作品では、旅の途中、汽車の中で、一人の旅僧に出会うが、その旅僧の若い時の奇っ怪な経験話であり、その「内容」(あらすじ)とともに、人間の「二大本能」の一つ「性欲」についての考察であり、また、次の「変身」では、カフカの「作品」からは少し離れて、なぜ、われわれ人間というのは、表面的な「姿・形」が変わるだけで、われわれ人間の「見る目」も大きく変わってしまうのだろうか? それに「ひきこもり現象」などを合わせて考察したものであり、そして、最後は、オスカー・ワイルドの有名な『サロメ』という作品であり、それゆえ、映画や舞台その他などで見聞きすることも多いかと思うが、しかし、文章で「一字一句」を丁寧に読み辿るというようなことは以外に少ないのではないでしょうか。そこで、今回は、できるだけ「本文」に寄り添いながら、その「内容」を丁寧に読み辿ったものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2017/09/27

オスカー・ワイルドの世界 サロメ

 この「作品」を更新しましたので、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。――さて、今回のオスカー・ワイルドの『サロメ』という作品は、非常に有名な作品であり、それゆえ、映画や舞台その他などで見聞きするようなことも多いかと思うが、しかし、文章で「一字一句」を丁寧に読み辿るというようなことは意外と少ないのではないかと思う。そこで、今回は、できるだけ「本文」に寄り添いながら、その「内容」を丁寧に読み辿ったものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
 例えば、『新約聖書』の中にある「ヘロデとヨハネ」の「記述内容」によると、王ヘロデという人は、異母兄弟の兄の「妻」(ヘロデヤ)をめとったが、そのことで、ヨハネがヘロデに、「……兄弟の妻をめとるのは、よろしくない」と言ったので、ヨハネを捕えて牢につないだことがあった。……そのため、王妃ヘロデヤは、ヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、出来ないでいた。それは、王ヘロデがヨハネを正しい聖なる人であると知って、彼を恐れ、また、保護を加えていたからである。――さて、王ヘロデの誕生祝いがあった時、王妃ヘロデヤの娘(サロメ)が満座の中で舞を舞い、王ヘロデを喜ばせた。そのため王ヘロデは、娘に「……願うものは何でもやろう」と誓った。娘は、母の入れ知恵で、「……洗礼者ヨハネの首を盆にのせて、今ここに頂きとうございます」と言った。王は非常に困ったが、それを与えるように命じ、人をやって牢でヨハネの首をはねさせた」という内容である。この『新約聖書』の中にある「ヘロデとヨハネ」の「記述内容」などを参考にして、オスカー・ワイルドという劇作家は、彼独自の戯曲『サロメ』へと、その「内容」を大きく創り換えたものであり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。
2017/09/24

谷崎潤一郎の世界 鍵(完全版)

 さて、今回の谷崎潤一郎の有名な『鍵』の「完全版」というのは、「谷崎潤一郎の世界」の「鍵」の「第一部」から「最終部」までを統合したものではあるが、そもそも今回の「作品」の目的とその特徴はと言えば、それは、原作では、夫の「日記」は、いわゆる「漢字+カタカナ」の表記になっていて、それは非常に読みづらいものであり、それゆえ、原作を最初から最後まで正確に厳密に読めている人も少ないのではないかと思う。そこで、今回は、それらすべてを「漢字+ひらがな」に書き換えて表記してありますので、非常に読みやすいとともに、内容は、それぞれ「本文」+「**」+「解説」という構成になっていて、「本文」だけを読み通すことも出来れば、「本文」+「解説」でその理解を深めることも出来るものであり、特に谷崎潤一郎の『鍵』に興味や関心がありましたら、十分満足できる内容になっていますので、ぜひとも訪ねて見てください。